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★ 「私は点らしい」 (1999/01/17)

ここにひとつの特異点が有り、その特異点を得意にさせているのがその特異性である場合、差異が優越的に意識されているわけで、しかし元々同じヒト族の中の差異など差異と呼べるほど大きなものがあるわけもなく、「私」が「他者」から異なっていると言うことは「他者」が「私」から異なっているのだし、「私」は「他者」からの差異によってしか「私」として確認できないなら、また、「私」がそうであるように「他者」もそれ以外の「他者」からの差異によってしか自己確認できないものだとすれば、「私」は本当に「私」なのか疑問を持たねばならない事態が発生するのだが、それは「私」が宇宙より飛来した希鉱石でなく、類や族の一部にすぎず、その全体的特性を表す傾向中心線の周辺に分散するあの点のひとつにすぎないというか、幸せにもその点であるという。

しかし、私が差異によらず私の存在自体によって私であるならば、これこそ私が奇跡の点であるわけで、点在する「点」は孤独だったのかという感慨が、散在する粒子は孤独だったのか、遍在すると見せながら偏在した「淀み」は実は偶然であったのか、点は滲みの見え方ではなかったのだ、点が存在したのだ。

いや、「私は滲みの中点にすぎない」という確信。その日まで、私たちはナニして行かねばならないと言う現実を見据えながら価値あるナニをソノ、何つーかエト、して行かねばならないと言う感を深くしたのであった。

かしこ(^^;)/

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