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★ 「守るべき自己の領域に関して」(1999/06/03)

これ↓で切っていこうという趣向です。

》清潔志向って何なんでしょう。あるいは自愛の形なんでしょうか。

いわゆる盗聴法案に関してなんだが、米国で盗聴されてて、それで具体的に プライバシーが侵害された実例がどれほどあるのか? 抽象的なプライバシーは侵害されて当たり前で、 それが気になって仕方がない心身耗弱を社会的に容認するのか?

異物を盗聴発見して排除しようとする社会秩序健全維持意識とプライバシーを守れと言う自己の領域に対する固執とは同一ではないのか?

問題の本質は、頭いい人たちを盗聴することが出来ない状態で盗聴する実効性が果たしてあるのかと言うことで、自分が頭悪い事を棚に上げて、相手を指弾する者は、弱者や敗者に社会構造をあわせろと主張する縮小再生産である。それらを包含しながら発展していこうという姿勢はとれないのだろうか。

日本民族は基本的に草食動物であって、その中に肉食動物が混ざることをおそれているわけだが。 現実にはマスミ目やサッチー目と言った、げっ歯類麻原目より更に優れた異生物が混在しているわけで、それらを異物であるとして排除したい願望は、それらを同じ平面に共存する存在として認識するまでの経過なのではないのか。

現実が変えられない以上、共存せざるを得ないのだ。毒も清濁も現実には存在するわけで、それを飲まないことは、果たして飲まない者の清潔を意味しているのか? ただただ異常潔癖を現しているだけではないのか。

では、それらを包含して発展するグランドデザインとは、

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コメント

いまいち貴方の主張の趣旨が理解できませんでした。

>米国で盗聴されてて、それで具体的に プライバシーが侵害された実例がどれほどあるのか?

対象者がプライバシーを侵害されたと把握出来ないように情報収集する手段が盗聴なんじゃないですか?
実例が沢山あったら有効では無い訳で、異常だと判断するのが合理的な思考だと思うのですが?

>異物を盗聴発見して排除しようとする社会秩序健全維持意識とプライバシーを守れと言う自己の領域に対する固執とは同一ではないのか?

国家が「社会秩序健全維持意識」で動く可能性がかなりの確率で無いと考える人間が反対していると考えるのが
合理的ではないでしょうか?
私自身は時代背景から考えれば必要な法案では有るとは思いますが、それは即ち国家が必ず
「社会秩序健全維持意識」で動くなどと言う幻想を持っているからでは無く、リスクと有効性を量りに掛けた帰結に過ぎません。
あなたは本気で国家が常に「社会秩序健全維持意識」で動くと思っているのですか?
そんなに国家が信用出来るものであれば、頭の良い官僚や政治家が運営する国家に多くを任せれば
万事上手く行きますね

>問題の本質は、頭いい人たちを盗聴することが出来ない状態で盗聴する実効性が果たしてあるのかと言うことで、自分が頭悪い事を棚に上げて、相手を指弾する者は、弱者や敗者に社会構造をあわせろと主張する縮小再生産である。それらを包含しながら発展していこうという姿勢はとれないのだろうか。

盗聴対策が採れる人間から情報を取得出来なければ実効性が無いと言う主張かと思われますが
それであれば盗聴対策が採れない人は対象にならない訳であって、そもそも盗聴なんて言う行為が
社会問題として取り上げられる事自体異常ですね
当然の帰結として、頭の良い人達の組織である世界各国の情報機関はその合理的な判断から
誰に対しても盗聴しようなんて思いません
大変合理的な主張で恐縮しました。

また文面からは何を持って「弱者や敗者」等と判断されているのかを理解できませんでしたが
単純な弱肉強食の状態を維持する社会が世の発展に望ましいとお考えであれば
法制度も何も持たない野生の動物は人間より発展の速度が速くないとおかしい様に思えます
まあ仮に法制度が実現したとしても、それは強者に都合の良い制度が望ましい訳で
まあ、そんな時代も有りましたね
あの時代が良かったと思っておられるのでしょうか?


私は昔も今も情報が価値を持った資産である事は事実だと思っていますので
この問題の本質は、どの様な条件であれば情報の取得を許すべきなのかと言う問題では無いかと思っているのですが
そう考える私には、貴方のスタンスはプライバシー権に拘る重要な問題で有るにも拘らず
強者に対して媚び(合理的ではありますね)、楽観的な判断をしすぎている様に思えます。
本来有るべきは、どこまでを法制化等によって実現し、何処からを個人の責任とすれば最も合理的なのかだと思うのですが

貴方は盗聴対策と言った情報セキュリティを全て個人の自己責任とする事が効率的だとお考えなのでしょうか?
私は多くの事を自己責任で解決するなんて言う発想は、広い世界に置かれた物理的限界の有る小さな個人と言う
現実を直視しない非現実的な発想だとしか思えません。
情報も価値を持っている以上は私有出来る範囲を決め、それが社会的に保障されるべきだと思うのですが
貴方はどう思われますか?

投稿: | 2009年5月 5日 (火) 05時16分

はじめまして。コメントありがとうございます。が
本文の本論は前段にあるのでなくあなたが触れなかった後段にあるんですね。具体的に書きますと

反体制的異物が(犯罪とか反権力とか)が有るという前提に立つから、それを峻別排除しようとするわけで。その現れの一種に盗聴ってのもあるよ。と

ところが、反体制と見える異物というのは、体制が内包する次体制への準備なんじゃないか。(ますみ目サッチー目ってのはこれが書かれた当時にテレビのワイドショーネタであった毒カレー事件や野村プロ野球監督夫人のことですが)なんか変だからと異物として抽出し排除しようと動けば、我々個が構成する社会が現体制から離れる力を失ってしまうんじゃないかと。

で、です。あなたの感じられてるのを想像すると、盗聴を容認するのも体制変革を疎外するじゃないかってことだと思うんですが、

私が言ってるのは、盗聴したいという欲求さえも、新時代への備えなんではないかと。つまりあらゆる異物が(時代の、生物の)進化へ備えなんではないかと。つまり盗聴も容認するし、盗聴に過敏になることも容認するし、

ってな「お気に召すかな?」

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基本的に「韻文」なんで、そのあたりもよろしく。

投稿: 本人 | 2009年5月 5日 (火) 20時46分

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